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2009年9月

散々、悪口書いてますが・・・。 完結編

 交際4年目の秋、私たちはめでたく結婚することができました。後で聞いた話ですが、彼女の両親も「絶対苦労するから」反対だったようです。ですが、しつこいくらい訪れる農家の若者に半ばあきれながら「悪い奴ではなさそう」ということでお許しが出たみたいです。(何年か経って、あの時親の言う事を聞いておけば良かったと何度も言われました)

我々の結婚は(ハッピー)エンドではなく、(良い事・悪いこと)全てのスタートでした。新婚当初から同居でしたから、朝・昼・晩の食事の支度から掃除、洗濯すべてをY子がやりました。

しかし嫁を労働力としか考えていない両親は、それだけやっても畑仕事をしない事が不満のようでした。長女が産まれると今度は育児が待っています。どんなに一生懸命に家事と育児をこなしても「まだ働きが足りない」と事あるごとに言われ続けました。

その度に間に入り、「そのうちにやるようになるから」と長い目で見るように説得したのです。何回もそんな事があると、隠していても妻の耳にも・・・。「子供を産んで育ててご飯を作って、まだ働けって言うの?私は家政婦じゃない!」何も言えませんでした。

親を取るか?嫁を取るか?これは長男にとって究極の選択といえます。嫁は唯一、他所から来た人間です。育ちや習慣が違うので、どうしても孤立しがちになります。孤立してなくても本人はそう思えてしまうのです。

親と上手くやっていくには、ある程度の距離が必要だと最近分かりました。もう少し早く気が付けば、両親にもY子にも苦労をかけなくて済んだのにと後悔しています。

現在、子供たちも家を離れ、夫婦二人だけの生活が続いています。何も問題の無い時は、それこそ新婚時代のようにいちゃつくこともありますが、ひとたび機嫌を損ねると修復するのにかなりの時間と労力とストレスがかかります。

喧嘩するたびに思い出すのは生前の義母の言葉です。「わがままでお天気やだけどY子をよろしく頼むね」義母はこちらに来ては子供たちの面倒を良く見てくれました。帰り際のY子が居ない時、必ず私に上記の言葉を告げて行きました。

天国の義母を悲しませる訳にはいきませんから、どんなに理不尽な事言われても、どんなにひどい態度をとられても耐えるしかないのです。そうでしょう?

3回に亘って長々と書き綴ってまいりましたが、私の言いたい事はただひとつ。「Y子を心から愛しているし、彼女の為ならどんな苦労も厭わない。だって世界中で一番、私の事(良い所も悪い所も)を理解している女性だから」

 完

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散々、悪口書いてますが・・・。 その2

 Y子さんと付き合うようになって感じたのは、等身大の自分でいられる事でした。過去の少ない経験では、相手に良く見られたいが為にかなり背伸びして、知らず知らずの内によそ行きを装っている自分がいました。

でも彼女といるとあまり気を使うことなく、居心地の良い関係ができていたように思い出されます。そりゃあかなり[貢くん](これも死語)的な部分もありましたが、休みに会える事だけで仕事に張り合いができたし、彼女のためなら何だってできる気がしてました。

短大を卒業するとY子さんは実家の沼津にある企業に就職し、浜松と沼津というプチ遠距離恋愛になってしまいましたが、暇を見つけては電話したり、出掛けて行ったりして自分のことを忘れさせないように努力したのを覚えています。

これは後から聞いたんですが、彼女は実家に戻った時、別れようと考えた事があったようです。同じ会社に有名大学卒の優秀な人材が沢山いて誘われることも少なくなかったということです。「じゃあ、何で別れなかったの?」「だってかわいそうだったから」(ちっ、同情かよ)

Y子さんは会社での出来事を包み隠さず教えてくれました。同じ課の上司に飲みに連れて行ってもらいカラオケでデュエットしたとか、青年婦人部の仲間とイチゴ狩りに行っただとか・・・。どんな小さな事でも私に話してくれるので、安心というより信頼を感じていたように思います。(逆だよね普通)

私の両親はこの交際について最初から[反対]でした。昔の百姓の考えに染まっている人たちでしたから、農家の娘でバリバリ働く女性がお好みだったようです。反対される度に「俺の相手は俺が決める」と突っぱね続けました。

しかし彼女を農家の嫁にしてしまう事に自分でも「それで本当に幸せにしてやれるのか」とずっと自問自答していたことも事実でした。サラリーマンの奥さんになった方がY子のためになるんではないかと悩んだ事もありました。

そんな日々が続き、二人の交際は4年目を迎えていました。

 まだ続く

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散々、悪口書いてますが・・・。

 夫婦間のトラブルが「家内安全」改め「チャバネくんのブログ」のメインテーマなんですが、今日からはあえて妻を褒め殺ししたいと思います。

私が彼女と出会ったのは23の春、高校時代の親友(彼は結婚式で司会もやってくれました)が地元のS大学工学部に在籍(勉強好きがたたって2年のロスあり)中、同じサークルに当時の県立女子短大の学生として加入していたのがY子さん(19)でした。

春フェスかなんかのイベントで静岡へ出掛けるのに「足がたりないから車出せよ」と誘われたのがそもそもの始まり。(今は死語のアッシーだったのです)

女子大生と顔見知りになれるならいいかと二つ返事で引き受け、カローラ1600GT(中古)を乗り付けました。4~5人の女の子の中にY子さんが居た訳ですが、私が良いと思ったのは別の人でした(この事実は彼女も知ってます)。

何処かの喫茶店で休憩した時も、僕はその別の子しか見てませんでしたし、Y子さんは全くの[アウトオブ眼中]だったのです。

でも何回かそのグループで遊んでいるうちに(何がきっかけだったのかは忘れましたが)何となくY子さんのことが気になり出したんです。小さくて丸くて色白で髪は肩より長かった事を覚えていますが、服のセンスは決して良いとはいえなかったし、顔だってタイプじゃなかったし。だけど何故か気になって・・・。

数週間後、居ても立ってもいられなくなって彼女の下宿先に連絡してドライブに誘いました。断られるのは覚悟してましたが返事は以外にも「OK」。そこから長い道のりはスタートしたのです。

続く

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今日ばかりは(内容)被っても許してね!

毎年恒例の販売会議。街中のホテルでの開催となって二年目かな。

今年は役員ではないので少しは気が楽。その分、大勢の人と交流を深めようと意気込んで臨んだ。

その甲斐あって、初対面の方のほとんど全員とコンタクトを取ることができて納得の懇親会、二次会、三次会となった。

いつも感心させられるのは、市場担当の面々。早朝より20時間以上寝ないで居るのにそのパワーは衰えを知らない。昨夜も最後まで盛り上げてくれていた。

パークの○野さんがあんなに親しみ易い方だとは・・・。竹中庭園緑化の○利原さんはPCの山PことKちゃんに伸ちゃんと呼ばれても怒りもせず、名コンビぶりを見せていた。

大田の○川くんからは、産地側から発信すべきことについてヒントをいただいた。○道さんからも随分と信頼が厚いらしい。

大森の○倉さん、阪急の○井さん、○野さんはPCの怒涛の接待攻勢にも臆することなく立派に付き合ってくれた。

なにわの○宮くんは最初から飛ばして、最後に深い眠りに就くまで「さんちゃん」の愛称でみんなに親しまれていた。

世田谷の菊地くんは○恵とグチのこぼし合いをしていたが、なかなか良い感じだった。

京都の○谷くんは美味しい所を全部持って行った。仙台の野原くんは女子にモテモテだった。名古屋の○野さんは終始マイペースで大人の雰囲気たっぷりだった。

金沢の○山さんは少し遠慮がちだったけど、新しい提案もしてくれそうな感じだった。

山形の○本くんは三次会のほとんどを居酒屋の入り口付近のソファーで爆睡していた。

浜松の○末くんはパーティー以降の姿を確認できなかった。

自分も少々アルコールをいただいて、若干ハイテンションになっていた気がするが、失態はしていないはずだ(そう信じたい)

みんな良い人、みんな素敵な奴ばかりで、こんな人たちにもっともっと愛されるPCガーベラにしていかなきゃいかんと再認識した夜更けの有楽街は、まだまだ賑やかで人が溢れていた。

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昔の写真

子供たちが居る我が家は平和そのもの。基本、いつも怒ってるかみさんが笑顔だし、帰宅しても笑いが絶えないし、残り僅かなこの平穏な日々を噛み締めている今日この頃です。

そんな中、俺とかみさんが付き合ってる頃の写真を子供たちに見せたところ大爆笑 !「これ、誰?ママ?別人じゃん!太いし目が細いし」「現在(いま)の方が全然いい」(旦那がいいからそうなったの)

「パパって昔はカッコ良かったんだね。今はダメだけど」(家庭のストレスが全部毛根に影響しちゃったの)

自分で言うのも何だけど、チャバネクンは昔はそれなりにイケメンだったんです。今はただの○ゲのおっさんですけど。この証拠写真を見たいという方はお土産持参で我が家へお越し下さい。

(過去は過去。現在の自分を冷静に、かつ客観的にみつめないといかんとです)

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最終回なんて・・・。

 ブザー・ビートの最終回、皆さん見ました?私は久しぶりに娘と一緒に最後まで見ちゃいました。

まあハッピイエンドで良かったんですが、かなり無理な流れが目立ち、ちょっと興ざめかな。

最も印象的だったのは試合終盤に莉子が会場へ駆けつけた時、まるで時が止まったかのようにしーんとなって直輝に声援を送るところ。よほど小さい会場ならともかく、あんなにはっきりとは聞こえないっつーの。娘と顔見合わせて「ありえんし」って言っちゃいましたよ。

それと外国人のコンサートマスターがあれほど理解のある人だとは・・・。Love makes me strong .  分かり易くていいけど。

すべてはドラマですから、寛容に受け止めなくてはいけないのですね。くどくど言うのは年取った証拠ですね。

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鎹(かすがい)が帰ってきた! パート2

長男に続き長女が帰ってくる。

なんでも運転免許を短期合宿で取りに行っていて実技はどうにか受かったらしいが、住民票が浜松にあるので学科をこちらで受けないといけないみたいで・・・。

今(20:09)、かみさんが駅まで迎えに行っている最中でして、私は鬼の居ぬ間のブログアップという訳です。

帰ってきたら「ブザー・ビート」の最終回でも一緒に見ようかと思っています。娘はかなりはまっているらしく万が一の為録画の指示を出した様子。

私は娘ほどではないですが、時間の都合がついたときは見るようにしてましたっけ。

山Pも北川景子さんもいいですが、相武紗季さんが悪女を演じているのが興味深いなあと思って・・・。

ちなみにかみさんは、知り合いのあまり得意でない人に北川さんが似ている事と伊藤英明さんが主役でない事が気に入らないらしく「私は見ない」そうです。

この平穏な日々がいつまで続いてくれるのか、[神のみぞ知る]ですかね。

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鎹(かすがい)が帰ってきた!

 連休を利用して息子が帰ってきた。来週いっぱいまで居られるらしい。

一番喜んでいるのは母親であるかみさん。仕事もそこそこに切り上げて駅まで迎えに行くし、晩御飯だって明らかに2~3品多いし・・・。(ちなみに前回の買い物の時は干物だけでした。トホホッ )

何より機嫌が良いのが助かる。これで私への攻撃の手も緩んでくれるとありがたいのだが。

数日後には娘も来るらしいので、久しぶりに家族4人水入らずの時間が過ごせそう。

ただ自治会の仕事や販売会議も控えてるし、そんなにのんびりはできそうもない。何より子供たちが帰った後の反動の方が恐い。

またいつものように冷え切った夫婦にもどるのか・・・・。

とりあえず、つかの間の憩いのひと時をしっかり味わっておこうと思う。

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せっかく二人で・・・。

 来週に迫った販売会議。ジャケットやパンツを新調するのは無理だけど、シャツとネクタイぐらいならとかみさんをショッピングモールに誘った。

その時は「いいよ」って言ってたのに、当日帰宅したら何か様子が変だぞ・・・。

「やっぱり行かなきゃだめ?」

「えっ、行かないの」

「昼間、いろいろあって疲れたから・・・」

「何だよそれ、じゃあいいよ一人で行ってくっから」

てな訳で、結局一人でお買い物。お店のお姉さんに見立ててもらったから間違いはないと思うけど・・・。

帰りにパステルのプリンをお土産に買って帰った。でも「そんなんじゃ騙されないわよ」とでも言いたげな妻に半ばお手上げのチャバネクンでした。

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音楽的才能

 僕には音楽的才能は全くと言っていいほどありません。

小学校の縦笛とかハーモニカなどはどーにかやり過ごしましたが、いかんせん楽譜が読めない。

合唱なんかでハモられたら主旋律歌ってたってつられるつられる。

そんな僕でもカラオケは人並みに好きなんです。karaoke

先日も上手く歌えない曲をユーチューブとか「うたウガ」なんかで練習してたら、天敵かみさんやってきて一言「気持ち良さそうに歌ってたわねぇ、下手だけど・・・」「グサッ!」

このひと、小さい頃からピアノ習ってて、今でも地元の合唱団で歌ってるんです。で、ハモるの大好きで三音上げるとか下げるとかお手の物らしく、こっちが必死で音取ってんのに涼しい顔でハモりやがってえらい迷惑!

どーせ、下手ですよーだ。でもね、下手は下手なりに上手くなりたくて一生懸命練習してんだから、その邪魔だけはしないで欲しいわけ。

今夜もあのひとが寝たのを見計らって、歌詞を覚えて、音に乗せて、強弱付けて、できれば感情こめて歌えるように頑張ってみます。

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やっぱりサッカーが好き  その二

中学では日体大を出たばかりの熱血教師にしごかれ、泥だらけになりながら歯をくいしばって頑張った。今だったらすぐ教育委員会へ連絡が行きそうな体罰を当たり前のように受け、それでも上手くなりたい、強くなりたい一心で練習に付いて行った。

高校では、これまた有無を言わせぬスパルタ特訓とボール拾いと声だし、そして意地悪な上級生のしごきに耐えながらの日々が続いた。キーパー以外ほとんどのポジションを経験し、最終的にはサイドバックに落ち着いた。

二年の総体県予選の準決勝で自動車工業(現 静岡北)に2-0と惜敗した時、NHK教育で生中継され後半残り10分でピッチにたったのが私の選手としてのピークである。

大学では通用しないと、もっぱら学外のサッカーサークルでプレーをしていた。それでも 東京都の代表として全国大会へ出た事もあった。

浜松へ帰ってきて程なく今のチーム(庄内FC)に加入し、社会人西部リーグで優勝し、地区対抗リーグ戦へ行った事があるが、さすがにそこはレベルの違う奴らばっかりで、全敗して帰ってきた記憶がある。

そして現在、1部から2部、3部と年を重ねるごとに降格し、今は3部でもあまり勝てない状況だ。もっとも平均年齢が40を越えている事と相手の殆どが20~30代という事を考えれば良くやっていると言えるのではなかろうか。

これからも自称U-49日本代表としての誇りを持って一戦、一戦怪我をしないように頑張っていこうと考えている。

やっぱり俺にはサッカーが一番。かみさんより○○○よりサッカーなのさ。

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やっぱりサッカーが好き  その一

 3月に高校のOB大会へ出て以来、半年ぶりにサッカーの試合に行って来た。

気のおけない仲間たちとボールを追えば、嫌な事も忘れられる。

GWには勇壮な凧合戦の聖地となる中田島Gは、目は粗いもののきれいに刈られた芝生のグラウンドが4面ほど広がり草サッカー野郎たちにとっても人気が高い。

今日は北西の季節風が強くボールをコントロールするのに苦労したが、若手FWの活躍で見事2-0で完封勝利。いつにも増して愛妻弁当のミックスベジタブル入り卵焼きが美味しく感じられたのは言うまでもない。

小学校の3~4年の頃はソフトボールに夢中で、走攻守揃った[未来の長島]と言われた時期もあったほど(極限られた狭い地域での話ですんで許して下さい)

高学年になるとアニメ[赤き血のイレブン]の影響をもろに受け、いつの間にかサッカー少年になっていた。

また別番組[ワールドサッカー]に噛り付き、若き日のドイツ代表のベッケンバウワーやゲルト・ミュラーらのブレーを真似しながらボール遊びに興じていた。

しかし試合経験の少なさは致命的で、街場の小学校を相手にすると緊張して普段の力の半分も出せないままボロボロに負けるのが常だった。

当時は(今もだが)貧乏だったのでスパイクが買えず、運動靴で試合をしていたのを相手に馬鹿にされて悔しい思いをしたこともあった。

続く

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あなたは肉食系?それとも草食系?

最近話題の草食系男子。恋愛や異性をガツガツ求めるのではなく、どちらかといえば消極的な20~30代の男性を指す言葉らしいです。capricornus

部会の中を見渡すと・・・間違いなく肉食系って思われる人間がほとんどなんですが、年齢が年齢なんで頭で行こうとしても体が言う事を利いてくれない方も多いようで・・・・。 crying

自分はどっちかなって考えた時、どちらかといえば草食系なのかなと思いますが(ウソつけ、このスケベ野郎みたいな声も聞こえますんで)あくまで個人的見解とさせていただきます。

来年には50才の大台を迎えるチャバネくんですが恋愛願望は衰えてません。heart02

むしろ数年前より今の方が強いような気もします。(やっぱり家庭が上手く行ってないからかなぁ?)

とにもかくにも、恋愛を仕事のモチベーションに変えて明日からも頑張りマース good

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良いも悪いもダイレクト

 この間の京都のように出張の日は花採れませんから、私のいない分が全てカミサンにのしかかります。

パートさんもいるにはいるんですが、幾つも掛け持ちしている人なんで肝心な時に「ゴメンナサイ」ってことが結構多い。

4日はまさにそれ。朝早くから一人で採り切ったようなんですが・・・。

そのせいなのか、今日あたりもすこぶる機嫌が悪いんです。何かといえばすぐ突っかかってくるし、「(私より)他の人には随分親切なのね」とか「あなただっていつもの口調と電話の話し方とではトーンが変わるくせに」・・・てか、そんなのどうでもいいじゃん!

今まで居た子供たちが二人とも家を出て、夫婦ふたりだけの生活。

仲の良い状態の時は良いですけど、いったん亀裂が生じたら修復するにはかなりの時間とエネルギーが必要です。

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4匹の侍、京都に討ち入り!

9/4(金)早朝6:00集合・出発で京都生花販売促進がスタートした。

メンバーは前部会長のHさん、現栽培委員長のNさん、そしてGさんと私の4人である。

皆、若干毛髪の絶対量が不足気味なので侍というよりは[落ち武者]に近いのかもしれないが、持ってる能力とやる気は誰にも負けないと確信していた。

予定通り9:00過ぎには市場入りし、セリを見学。

買参人席には先日送付したカタログが配られており、最上部のスペースには「シャガール」も展示されている。

程なく総括課長の稲田氏が現れ再会に堅い握手。(いつ課長になったん?)

暫くしてセリを終えた近谷担当登場!(噂どおりのイケメン。残念ながら、なにわのS野くんより数段上かな)

すぐさま場所を会議室に移し、今回のメイン議題である[ミックス販売]を中心に今後の販売方法を検討した。

こちらでは昔ながらの[お花屋さん]が多いので、まだまだ販路拡大の余地は充分にある。今まで失ってきたシェアを取り返し、さらに上積みするぐらいの気持ちで取り組むので、ある程度はこっちに任せて欲しい。と近谷担当。(強気のコメントの中に自信が垣間見られる)

昼食もそこそこに場内中卸をはじめ、府内の花屋さんを4~5件廻ったが、忙しいのにもかかわらず、それぞれの場所で話が盛り上がり(というか白熱し)滞在時間が長くなってしまった。それだけ[ミックス]について関心があるという事であろう。

予定を終了し市場に戻る頃にはすっかり暗くなり、南に隣接するラグビー強豪の伏見工のグランドではナイター練習が活発に行なわれていた。

私自身ひさびさの京都であったが、やる気の塊(食物連鎖のピラミッドの頂点を目指す)近谷担当のお陰で、極めて充実したセールスができた。

今後も継続的に連絡を取り合い、さらなる有利販売に繋げてお互いに良い思いをしようと誓い合った。

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地声なんだよ~!

夜、委員会作業に出掛ける間際に℡が掛かってきた。

京都生花のI君からで周りがざわついて聞きづらかったので自然と声のボリュームがアップしてしまった(らしい)。

携帯を切るや否や、嫁が噛み付いてきた。

「声が大き過ぎて耳障りなの。難聴じゃあるまいし、もっと静かに喋れないの?」

「良く聞こえなかったから大きくなっちゃったんだよ。」

「最近の携帯は性能が良いんだから必要以上に大きな声ださなくていいの、まったく・・・・。」

カチンと来たが、「悪るーございました。申し訳ございません!」と口先だけで

謝っといてドアを閉めた途端に「アッカンベー」「うるせぇんだよ、バーカ」

と捨て台詞を吐いて出て来た。

過去にも数回電話の声がでかいとクレームを付けられていたが、今回ばかりは我慢の限界を超えた。

「てめえみてーに小さい声じゃ聞こえねぇーんだよ。体育会系は声がでかくて通らないと話にならないの。悔しかったらこれくらいの声だしてみろよ。」

あー、すっきりした。

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